ドクターの紹介
中島祐一院長 専門 循環器内科
平成17年1月よりこれまで勤務していた心臓病センター榊原病院を退職し当院院長に就任いたしました。
専門である循環器ならびに高血圧、脂質異常症、糖尿病などの生活習慣病の治療を中心に診療しています。
日本人の死因で1番多いのは癌ですが、2番、3番を占めるのは心筋梗塞、脳梗塞などの動脈硬化が原因 となって起こる病気です。これら動脈硬化による病気は生活習慣病を治療することによって予防することが可能です。
将来脳梗塞を発症して寝たきりになったりせず、元気で長生きできるように地域の皆さんに貢献していきたいと考えています。
小玉 肇医師 専門 皮膚科
- 平成24年6月から中島病院で佐藤ミカ先生と協力して皮膚科を担当させていただくことを嬉しく思っております。私は岡山大学卒業後、インターンの時に
妹尾病院でも診療研修をさせていただきましたので、妹尾とは縁があるのかなと思っています。
岡山大学で皮膚科医になってから高知大学で定年を迎えるまで、ほとんどの期間を大学での教育と研究および臨床に従事し、幅広い経験を実地に還元することと して、高知の三愛病院という民間中小病院で皮膚科診療の向上を目指して過ごしました。ここでは多くの患者さんに出会い、大学病院とは異なった実際を勉強する ことができました。
心身が健全な状態を維持するため非常勤勤務ではありますが、28年間の修行時代を過ごした岡山で、さらにこれまでの経験を生かして多くの患者さんのお役に 立ちたいと思っております。 - 略歴
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幼稚園まで戦中戦後を大阪府で過ごした。幼稚園の途中から高等学校卒業までの学童および思春期を島根県松江市で過ごした。
昭和41年3月 岡山大学医学部卒業
昭和57年4月 岡山大学助教授(医学部皮膚科教室)
昭和63年12月 高知医科大学(現高知大学医学部)教授(皮膚科学講座)
平成19年4月 仁生会 三愛病院 副院長、皮膚診療センター長、皮膚科長
平成24年3月 同上 退職
平成24年6月〜 洋友会中島病院 皮膚科
佐藤ミカ医師 専門 皮膚科
- 医師としての基本理念
- 私の医師としての基本理念は、患者さんのお話をよく聞いて、満足していただける診療を提供することです。 患者さんがリラックスして、何でも質問していただけることが大切だと思っております。
- 座右の銘
- 私の座右の銘は「念ずれば花開く」です。心に強く願うことは、不思議と実現するものですね。
- 経歴
- 1996年 岡山大学医学部 卒業
1996年 岡山大学医学部 皮膚科教室 入局
1998年〜 当院 皮膚科。
坪井 修平 医師専門 内科 糖尿病
【診療経験】
糖尿病3000例、脳血管障害2000例ほか
【特 技】
眼底検査、脳・下肢血管造影、膀胱鏡 等
【座右の銘】
「忠恕」
思い遣り判断に迷う時は、相手の立場に立って考える
【好きな格言】
「天網恢恢疎にして漏らさず」
[悪事も(善行も)天上の神様がじっと見ている]
「人は墓場に入る時 真に評価される」
【楽しみ】
神戸/名古屋/米国デンバーに住むこども/孫との交流
招客・DIY・菜園・果樹・リフォーム・
坂の上の雲・国旗掲揚・海中写真撮影
【言語・容貌】
当病院近辺で育ち、地元の小・中・高・大学で学びました。
出雲では、ナースに通訳をお願いすることがありましたが、正調岡山弁“ぼっこうおえりゃあせん・あいつぁきちぃのぅ・わしゃぁはらがへったはよぅいのぅや・おどりゃぁなにゅぅしょんなら・おめぇちばけなぁ・わっちはぁなぁあんたがぶせぇくじゃけぇきれぃじゃぁ・・・”などは、すべて理解し、話すことも出来ます。
岡山市内の高校に入った時、“ボク・キミ”など口が裂けても言えず、3年間寡黙を通しました。
神戸では、きれいな標準語を話していたつもりでしたが、広島出身?と聞かれたことがあります…。
顔は、学生から「先生、中国人」と聞かれ(何故だ?)、こどもが小さいとき「お父さん、ベトナム人?」と聞かれました。
(確かに似ており、納得、昨年ベトナムを訪れ、再確認)。
【経 歴】
・1965年 岡山大学医学部 卒業
・1966年 イターン後 岡山大学医学部 第一内科 入局
・1971年 香川県公立三豊総合病院内科内分泌科医長
・1986年 島根県平出雲市立病院長
・1991年〜現在 岡山旭東病院顧問
・1991年 神戸市保健所所長・神戸市衛生局長・医務監
・2001年 尼崎 園田女子大学食物栄養学科教授
・2003年 吉備国際大学理学療法学科教授
・2007年 くらしき作陽大学食文化学部教授
・2010年4月 現職
